2026年、なぜ私たちはまだバスに揺られているのか——「親睦」という名で消費される週末と、職場の静かな反乱
社員 旅行 行き たく ない——都内のPR会社に勤める20代の女性が、金曜日の退勤間際、オフィスのトイレでスマートフォンの画面に打ち込んだのは、悲鳴に近い検索クエリだった。目の前に突きつけられたのは、温泉地への「一泊二日・全員参加型」研修旅行の旅程表。週末が丸ごと消し飛ぶ。上司のグラスの空き具合に目を配り、深夜まで続く部屋飲みに付き合わされる光景が、まぶたの裏に生々しく張り付いた。
リモートワークとハイブリッド出社が完全に社会へ定着した2026年、息を吹き返した伝統的イベントに対して、働く人々が社員 旅行 行き たく ないと口を揃えるのは、決して怠惰や協調性の欠如ではない。個人の時間に対する主権意識と、費用対効果ならぬ「タイパ(時間対効果)」のシビアな計算が、職場の理不尽な拘束を許さなくなっているのだ。昭和から平成を生き抜いた日本企業が掲げる「同じ釜の飯」という神話は、今まさに粉々に砕け散ろうとしている。
「業務なのか、プライベートなのか」曖昧な境界線が産む法的リスク
休日に開催される社員旅行において、長年グレーゾーンとして放置されてきた問題がある。「これは労働なのか」という根本的な問いだ。
労務管理の専門家は口を揃えて指摘する。会社が事実上の出席を義務づけ、欠席者に理由書の提出を求めたり、有給休暇の取得を強制したりするケースは、法的に極めて危険な領域に踏み込んでいる。自由参加を謳いながらも「不参加なら査定に響く」という無言の空気を醸成すれば、それは実質的な業務命令とみなされる余地がある。週末の拘束時間に対して割増賃金が支払われるわけでもない。タダ働き同然の拘束を強いられる従業員が、弁護士ドットコムや労基署への相談窓口に駆け込む事例は後を絶たない。
2026年の労働観:タイパ重視世代が感じる「拘束感」の正体
20代から30代半ばの労働者にとって、週末は「生き延びるための聖域」だ。副業、資格取得、推し活、あるいは誰にも邪魔されない休息。時間という資源の価値は、年々跳ね上がっている。
そこに割り込む「大型観光バスの車内」という密室。Wi-Fiの繋がりにくい山奥の旅館。逃げ場のない空間で、世代の異なる同僚と半強制的に時間をシェアすることの疲弊感は計り知れない。かつては組織への帰属意識を高める触媒だったものが、いまや個人の可処分時間を強奪する「タイムハラスメント」として受け止められている。親密さを深めるどころか、監視下に置かれたような息苦しさが、会社へのエンゲージメントを急激に冷え込ませていく。
「タダ酒が飲める」は通用しない——アルハラと無報酬労働の影
「美味しいものが食べられて、酒も経費で飲めるんだから得だろう」
経営層やベテラン管理職がよく口にするこのロジックは、現代のオフィスではすでに無効化されている。若年層を中心とする若手世代のアルコール離れは加速しており、酒席そのものに対する忌避感は根深い。浴びるように酒を飲まされ、乾杯の挨拶をさせられ、宴会の余興で恥をかかされるリスクを背負ってまで、高級旅館の会席料理を食べたい人間は激減した。
「タダ飯」の対価として支払わされる精神的コストが高すぎる。上司の自慢話の聞き役を務め、翌朝は早朝から朝食会場に一番乗りしなければならないプレッシャー。それは福利厚生の衣をまとった「無報酬の接待労働」に他ならない。
社員旅行を強行した老舗企業で起きた「静かな退職」の連鎖
現場の抵抗を軽視した結果、手痛いしっぺ返しを食らった企業もある。関東地方に拠点を置くある中堅製造業では、役員の「コロナ禍で失われた一体感を取り戻そう」という一声で、4年ぶりの全社温泉旅行が強行された。
結果はどうだったか。旅行から戻った翌月、20代から30代の中核社員4名が相次いで退職届を提出したのだ。残った社員たちの間にも、指示された最低限の業務しかこなさない「静かな退職(Quiet Quitting)」の空気が蔓延した。退職したエンジニアの男性は吐き捨てた。「休日に会社の人間の顔を見たくなかった。旅行を強制された瞬間、この会社は従業員を個別の人間ではなく、会社の所有物として見ているのだと悟りました」。一体感を求めた企画が、かえって組織の崩壊を招く皮肉な結末となった。
昭和型ノスタルジーと令和型リアリズム:管理職と若手の断絶
この摩擦の本質は、組織に対する根本的な価値観のズレにある。
終身雇用と年功序列が機能していた時代、会社は「第二の家族」であり、プライベートを捧げる見返りとして将来の安定が約束されていた。社員旅行で深まった泥臭い人間関係が、月曜からの仕事を円滑にする潤滑油になっていた過去の成功体験が、ベテラン層には色濃く残っている。
しかし、転職が当たり前となり、成果主義が浸透した2026年の労働市場において、会社は「労働力を提供して対価を得る契約先」に過ぎない。ドライすぎる関係を嫌う経営陣のノスタルジーと、ドライに自律して働きたい社員のリアリズム。この埋めがたい溝が、社員旅行という一点においてマグマのように噴出しているのだ。
親睦のアップデート:選択制カフェテリアプランや日帰り型へのシフト
もちろん、すべての社内交流が悪とされているわけではない。変化の兆しを見せる先進企業では、旧態依然とした宿泊型旅行をきっぱりと廃止し、新しい形の「チームビルディング」を模索し始めている。
平日の就業時間内に完結する豪華なランチミーティングや、家族同伴を強制しない自由参加型のアクティビティ。あるいは、旅行費用として計上していた予算を「自己啓発手当」や「ウェルネス補助」として社員に直接還元するカフェテリアプランへの移行だ。交流を求める社員にはその機会を、プライベートを重視する社員には選択の自由を。参加しない者を白眼視しないセーフティネットがあって初めて、組織の心理的安全性は担保される。
強制された親睦から、自律的な連帯へ。社員の「行きたくない」という声に耳を塞ぎ続ける企業は、週末のバスに社員を詰め込むのと引き換えに、自社の未来を乗客ごと失うことになるだろう。 (出典: 社員 旅行 行き たく ない(Yahoo!ニュース))