2026年、世界遺産審議に揺れる古都の深層――なぜ今、私たちは「青垣の山」に抱かれた原風景へ立ち返るのか
大和 は 国 の まほろば――千三百年の風雪を越えていまに伝わるこの言霊が、2026年の初夏、かつてない切実さを帯びて私たちの耳朶を打つ。パリのユネスコ本部で進む「飛鳥・藤原の宮都」の世界文化遺産登録審議を控え、奈良盆地は国内外からの視線に晒されている。だが、三輪の山裾から南の明日香へと続く古道を歩けば、そこにあるのは喧騒とは無縁の圧倒的な静寂だ。折り重なる青い山並みが平野をふわりと抱きとめる景観。都市の無機質なコンクリートとAIの演算スピードに追われ、息を切らす現代人にとって、この盆地が湛える土と緑の気配は、乾ききった喉を潤す清水のように染み渡る。
早朝の霧が引いていく明日香村の田園で、土を耕す老人がふと腰を上げた。「観光客がどれだけ増えようと、この山の形だけは変わらんよ」。その言葉を聞いたとき、かつて死を目前にした倭建命(ヤマトタケルノミコト)が遠き故郷を焦がれて口ずさんだ大和 は 国 の まほろばという叫びが、単なる雅な古典美などではなく、大地に根差した人間の切実な帰趨本能だったのだと腑に落ちる。情報過多の時代を生きる私たちが無意識に求めているのは、まさにこの「何ものにも侵されない懐」ではないだろうか。
2026年夏、「飛鳥・藤原」世界遺産決定前夜の熱気と静寂
2026年の文化財行政において最大の焦点となっているのが、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の動向だ。長年待ち望まれた世界遺産への登録勧告を巡り、地元自治体や観光産業は期待に沸き立つ。ホテルの新設やインバウンド向け周遊ルートの整備が急ピッチで進められているのも事実だ。
しかし、現地を歩くと奇妙な違和感に出くわす。商業主義的な狂騒から一歩退いた場所に、地元の人々が守り続けてきた厳格な景観保護の意志が横たわっているのだ。高層建築を拒み、看板の色合いを抑え、田畑のあぜ道を先祖代々の姿のまま残す。経済的利益よりも「風土の尊厳」を優先させてきたこの土地の頑固さこそが、結果として世界屈指の古代景観を今日まで生き延びさせてきた。
「世界に認められることは誇らしい。だが、ここは祈りの場であり、生活の場だ」。橿原市で三代にわたり農業を営む男性(68)は、夕暮れに染まる畝傍山を見つめながらそう呟いた。世界遺産という国際的なラベルの下で、土地の魂をいかに保ち続けるか。2026年の大和は、持続可能性という言葉の真価を試されている。
ヤマトタケルが遺した最期の慟哭――「まほろば」とは桃源郷ではない
古事記に記された「やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる やまとしうるはし」。この名高い国偲び歌を、単なる郷土賛歌と解釈するのは早計にすぎる。歌の主であるヤマトタケルは、苛烈な東征の果てに病に倒れ、伊勢の能褒野(のぼの)で命の灯火を消そうとしていた。
父である天皇に疎まれ、各地のまつろわぬ民を討ち続け、疲弊しきった青年武将。彼が息絶える直前に脳裏に描いたのは、国家の栄華でも権力の象徴でもなかった。ただただ、緑の垣根に優しく守られた、あの盆地の温もりだった。「まほろば」とは、優れた場所、住みやすい場所を意味する古語だが、タケルにとってそれは、冷酷な戦乱の世界から逃れ、己の存在を無条件に受け止めてくれる母胎のような領域を指していたはずだ。
挫折と流浪の果てに絞り出された魂の歌だからこそ、千数百年の時を経ても私たちの胸を締め付ける。生き馬の目を抜く競争社会に疲れ果てた現代の旅人がこの歌に触れるとき、そこには共鳴というほかない感情の震えが生じる。
三輪山から広がる「たたなづく青垣」――地形が育んだ唯一無二の信仰
歌の中で「青垣」と形容された山並み。その象徴とも言えるのが、盆地の東に鎮座する三輪山(三輪山をご神体とする大神神社)だ。ここには今も本殿が存在しない。拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して、山そのものを拝む。人間が神の住処を造営する以前の、根源的な自然崇拝の息吹がそのまま残されている。
山麓を縫うように延びる「山の辺の道」に足を踏み入れると、その独特な地形の妙に気づかされる。東に連なる山々が冷たい風を遮り、西に向かって緩やかに傾斜する扇状地には、柔らかい陽光が降り注ぐ。古代人がこの地に定住し、稲を育て、やがて巨大な前方後円墳を築いていったのは、単なる軍事的な理由だけではない。地勢そのものが、人を生かし、育む慈愛に満ちていたからだ。
石上神宮へと至る未舗装の細道には、無人のみかん売り場が点在し、竹林を抜ける風が葉を鳴らす。大地そのものが神聖な防壁となって内側の営みを守る構造。古代の日本人が直感した「青垣」という表現の的確さに、思わず立ち止まり見入ってしまう。
メガシティを捨てたクリエイターたち――2026年、移住の奔流
いま、奈良盆地の周縁部には、東京や大阪などの大都市圏から静かに拠点を移す若年層の姿が目立つ。2026年、生成AIが日常業務を代替し、どこでも働ける環境が完全に定着したからこそ、人々は「どこに身を置くか」という根源的な問いに向き合い始めたのだ。
明日香村や桜井市のリノベーション古民家には、ソフトウェアエンジニア、陶芸家、発酵醸造家、執筆家たちが集い始めている。彼らに共通しているのは、流行の「地方創生」という軽やかな言葉への違和感だ。
「東京で画面ばかり見つめていた頃は、自分が何のために呼吸しているのか分からなくなっていました」。三輪山の麓に移住し、自家焙煎珈琲と古代米のカフェを営む30代の女性は語る。「ここに来て、季節ごとに山の青さが変わること、夕刻の光が古墳の芝生を黄金色に染めることを知りました。人間は、こういう風景の中にいないと壊れてしまうのだと思います」。彼女たちの選択は、21世紀における新たな「まほろば探し」にほかならない。
発掘現場が暴く「始まりの国家」――土の下に眠る未解決の謎
大和が特別なのは、過去の遺産が単なる展示物ではなく、現在進行形の発見として土の中から立ち現れ続けている点にある。近年の発掘技術の進化により、地中レーダーや高精度な年代測定法が導入され、飛鳥京跡や藤原京跡からは、これまで歴史の教科書に書かれていなかった事実が次々と掘り起こされている。
2020年代半ばから続く発掘調査現場では、官人たちが交わした生々しい木簡が連日のように空気に触れる。税の督促、宴会の献立、遠方から届いた恋文の断片。千三百年前、この盆地で律令国家という巨大なシステムを一から立ち上げようと苦闘していた無名の人々の息遣いが、黒ずんだ墨の跡から生々しく立ちのぼる。
ハイテク技術が解き明かす古代の官僚機構のリアル。だが不思議なことに、構造が解明されればされるほど、この土地が持つ神秘性は減じるどころか深まっていく。整然とした都市計画(条坊制)を敷きながらも、古代の人々は三輪山や二上山、耳成山といった山々の配置を決して無視しなかった。自然の骨格に人間が寄り添うようにして作られた都の痕跡が、そこにある。
未来を生き抜くための羅針盤――いま私たちが受け取るべきメッセージ
夕刻、二上山の双耳峰の間に沈みゆく夕日を眺めていると、時間が直線的に未来へと進んでいるという現代の錯覚が崩れ去っていく。かつて大津皇子が非業の死を遂げ、葬られたあの山の稜線は、数千年前の旅人も、戦時下の日本人も、そして2026年の私たちも、全く同じように見上げてきた。
不透明さを増す世界情勢、環境危機の深刻化、急速なテクノロジーの進歩によるアイデンティティの揺らぎ。前例のない変化の波に晒される私たちが立ち戻るべき足場はどこにあるのか。その答えが、大和の盆地には静かに横たわっている。
それは過度な拡大を戒め、山の境界をわきまえ、土と共に生きて死んでいくという、生物としての真っ当な節度だ。山隠れるうるわしき国。その原風景に身を浸すとき、私たちはようやく、自分たちがどこから来てどこへ向かうべきなのかを、深く、静かに思い出すことができる。 (出典: 大和 は 国 の まほろば(Yahoo!ニュース))