車列を横目に一歩を踏み出す——2026年、瀬戸内を望む「屋島」徒歩登山が再熱する現場から
屋島 登 山口に朝の光が差し込むと、アスファルトの冷気がじわりと和らいだ。時刻は午前6時30分。香川県高松市のシンボル、平らな屋根の形をした溶岩台地・屋島の麓にあるこの場所には、すでに色とりどりのシェルジャケットを羽織ったハイカーたちが集まっている。山上へ続く有料道路「屋島スカイウェイ」を駆け上がる観光バスの排気音を遠くに聞きながら、彼らが目指すのはあえて自分の足で標高292メートルを登り切るクラシックな遍路道だ。「歩いてしか見えない陰影がある」。靴紐を結び直した地元の常連客が、白い息を吐いて石段へと踏み出していった。
かつて源平合戦の舞台となったこの台地は、山上拠点施設「やしまーる」の定着以降、瀬戸内カルチャーの結節点として進化を続けている。だが、2026年現在の週末の屋島 登 山口周辺で見られる光景は、数年前のそれとは少し趣が違う。目立つのは、デジタル機器から意図的に距離を置く都市部からの単身者や、四国遍路の第84番札所・屋島寺を自力で目指す海外からのバックパッカーたちだ。手軽なドライブウェイの誘惑を退け、多くの人々がこの急峻な山道へと回帰している理由は何なのか。現場の土を踏みしめながらその背景を追った。
舗装路から一転、中世へ潜り込む「加目取坂」の急勾配
屋島神社の脇を抜け、鳥居をくぐると空気の質が目に見えて変わる。鳥の声が反響する深い森の中、目の前に立ちはだかるのは「加目取坂(かめとりざか)」と呼ばれる石畳の急坂だ。登り始めてわずか数分で、ふくらはぎにずっしりとした負荷がかかる。
足元に敷き詰められているのは、讃岐岩質安山岩の不揃いな巨石群。濡れた表面は滑りやすく、歩行者の集中力を否応なく奪っていく。息が乱れる。だが、この不自由さこそが現代人を惹きつける要因の一つだ。スマートフォンをポケットにしまい、次にどの石へ足を置くかだけに神経を注ぐ時間。都市部での過密な情報処理に疲弊した人々にとって、この坂道は一種の瞑想空間として機能している。
山上施設「やしまーる」がもたらした歩行者の意識変革
曲がりくねった回廊建築が山上に姿を現して数年。完成当初こそ建築美や展望の良さばかりが注目されたが、2026年の今、来訪者の動線には明らかな変化が起きている。施設へ直接アクセスできるシャトルバスや車を使わず、あえて下から登ってくる若年層のグループが週末ごとに列をなすのだ。
「汗をかいて辿り着いた先で飲むコーヒーと、車の窓から眺めただけの景色とでは、記憶の残り方がまったく違う」と、都内から訪れたIT企業勤務の男性(31)は語る。屋島スカイウェイの終点から近代的なガラス張りのパビリオンへ入るのではなく、森を抜けた先に突如として洗練された建築と瀬戸内海の多島美が広がるドラマツルギー。登山道という「助走」を経ることで、山上の空間体験は何倍にも増幅されている。
オーバーツーリズムの隙間を埋める「朝活登山」の波
高松市街地から車で20分足らずという圧倒的な近さは、市民生活に独自のルーティンを生み出した。午前8時を過ぎると山上の大駐車場は混雑を始めるが、夜明け前後の登山道は静寂そのものだ。
地元住民の間で定着したのが、出社前や休日の早朝に登頂を済ませる「朝活」の習慣である。東の空が白み始めると、庵治半島や屋島湾の水面が銀色に輝き出す。朝靄を切り裂いて進むハイカーたちの足取りは軽快だ。彼らは山頂のベンチで水筒の白湯を飲み、朝日が差し込む高松港を見下ろすと、午前8時には麓へと下りて日常へと戻っていく。観光公害とは無縁の、ローカルコミュニティによる持続可能な山との付き合い方がここにある。
琴電・屋島駅からのアクセス改善と、麓の商店が放つ温もり
車を持たない旅行者にとって、登山口へのアプローチはかつて小さなハードルだった。だが、レトロな駅舎で知られる高松琴平電気鉄道(ことでん)屋島駅周辺のサイン整備や案内アプリの多言語化が進んだことで、徒歩圏の回遊性は大幅に向上した。
駅から登山口へ至る住宅街の路地には、古い民家を改装した自家焙煎スタンドや、朝から出汁の香りを漂わせる讃岐うどん店が点在する。登山前のエネルギー補給に立ち寄る客と店主の間で交わされる、「今日は上からの眺めが良いよ」「気をつけて行っておいで」という何気ない言葉のやり取り。巨大なリゾート地にはない、生活の延長線上にある温かさがハイカーの背中を押している。
外国人バックパッカーが語る「車では素通りしてしまう霊性」
登山道の途中で足を止め、石仏に静かに手を合わせる欧米人旅行者の姿は、いまや日常の風景となった。四国八十八箇所霊場ブームが一過性の流行を過ぎ、個々の札所が持つ固有の物語をじっくり味わう旅へと成熟したことが大きい。
フランスから訪れたジュリアン・モローさん(28)は、息を整えながらこう口にした。「バスに乗れば10分で山頂に着く。でも、それでは遍路石の刻印や、かつて武士たちが駆け抜けた谷の深さを肌で感じることはできない。自分の足が痛んで初めて、この山が神聖視されてきた理由が腑に落ちる」。舗装路のカーブミラーに映る自分の姿ではなく、泥のついた登山靴を見つめ直す。効率至上主義に対する無言の抵抗が、このトレイルには息づいている。
自然保護と観光利便性の狭間で進むトレイル整備の現在地
歩行者の増加は、同時に登山道への負荷という現実的な課題も突きつけている。長年の雨水と行き交う足によって一部の石畳が浮き、周囲の土壌が流出するエリアも見受けられるようになった。
これに対し、行政や地元の山岳愛好会、ボランティアによる「道普請(みちぶしん)」の取り組みが本格化している。コンクリートで過剰に固めるのではなく、周囲の自然石と木材を用いた伝統的な工法で斜面を修復する作業が定期的に行われている。未来の歩行者にこの道をどう手渡すか。登山口に掲げられた小さなマナー喚起の看板は、訪れる一人ひとりに、山を消費する側から守る側へと意識を切り替えるよう静かに求めている。 (出典: 屋島 登 山口(Yahoo!ニュース))