あの「謎のピンクの泥」に大人が行列する理由——2026年、なぜ今『タビー カスタード』が日本の胃袋を掴んだのか
タビー カスタードが、まさか2026年の東京でこれほどの実利と狂乱を巻き起こすとは、誰が想像できただろう。四半世紀前、NHKの教育番組枠やビデオテープの擦り切れるリビングで、子どもたちの視線を釘付けにした奇妙な幼児番組『テレタビーズ』。銀色の奇妙なマシンから「ボフッ、ボフッ」と間の抜けた重低音とともにボウルへ噴き出していた、あのド派手なネオンピンクの流動食だ。どんな味かも分からない。そもそも食べ物と呼んでいいのかすら怪しい。それなのに、なぜか猛烈に美味そうに見えたあの架空のペーストが今、現実のフードトレンドとして日本のスイーツ界を席巻している。
冷たい雨がそぼ降る平日朝の原宿。明治通りの路地裏には、傘をすぼめた200人以上の大人が息を白く吐きながら列を成していた。お目当ては、原宿のポップアップカフェが打ち出したタビー カスタードの公式再現メニューだ。「子どもの頃、ブラウン管に顔をくっつけて『一度でいいから飲んでみたい』と泣いた記憶があるんです」。有給休暇を取って並んだという31歳のIT企業勤務の男性は、整理券を握りしめながら照れくさそうに笑った。思い出の味の答え合わせ。この熱気は単なる懐古趣味にとどまらない、確固たるカルチャーの再燃だ。
記憶の底にある「謎のピンク」が現実の皿に
90年代末から2000年代初頭にかけて日本に上陸したテレタビーズは、当時の大人たちを大いに困惑させた。原色の丘を駆け回る4体の生命体、お腹のテレビ画面、そして主食として描かれるピンクのクリーム。当時、日本の家庭の食卓には存在し得なかったあの極彩色が、幼心に強烈な「未知の甘美」として刷り込まれたのは必然だったと言える。
現在、東京や大阪の主要都市で開催されているタイアップ企画や専門店の店頭を覗くと、客層の8割以上を20代半ばから30代後半が占めている。幼少期に強烈な原体験を持つミレニアル世代と、レトロフューチャーなY2Kカルチャーを新鮮な刺激として貪るZ世代。この二つの層が、かつて画面越しに見ていたファンタジーを「体験可能な現実」として一斉に買い求めている格好だ。
舌触りと発色の壁:フードサイエンティストが挑んだ「完璧なトロみ」
架空の料理を具現化する作業は、一筋縄ではいかなかった。今回のプロジェクトに関わった都内のパティシエチームは、番組制作元である英国の制作会社が残したアーカイブ映像をコマ送りで検証することから始めたという。
「最大の難関は、あの独特の粘度と色合いでした」。開発リーダーを務めたシェフは苦笑交じりに明かす。カスタードと名乗りつつも、プリンのように固まっていては駄目だ。かといってサラサラのスープでは、スプーンですくったときの“あの背徳感”が出ない。着色料を極力抑えつつ、ドラゴンフルーツとビーツの濃縮果汁、そして低温殺菌牛乳と平飼い卵を絶妙な火加減で練り上げ、あの「ぼってりとしたピンクの重力」に辿り着いた。
口に運ぶと、まず舌に触れるのは予想を裏切るなめらかなテクスチャー。安っぽい人工甘味料の刺激ではなく、上質なベリーの酸味とミルキーなコクが広がる。ノスタルジーをフックにしつつ、2026年の洗練された味覚を失望させない本気のクオリティが、リピーターを生む原動力になっている。
SNSをハックする「ボフッ」の心地よさ
味の良さだけでここまでのメガヒットは生まれない。火をつけたのは、間違いなくショート動画プラットフォームにおける「音」と「動き」の拡散だ。
店内には、番組でおなじみのチューブ型ディスペンサーを精巧に模したマシンが設置されている。レバーを引くと、空気を含んだペーストが鈍い音を立てて専用のスマイルボウルへと注ぎ込まれる。この一連のシークエンスが、TikTokやInstagramのリールで圧倒的な再生数を稼ぎ出しているのだ。
「ただ可愛いだけではない、ちょっと不気味でコミカルなマシンの作動音(ASMR)が、現代のタイムラインで異様なフックになっている」と、カルチャーアナリストは分析する。無機質な洗練に飽きた若者たちにとって、この少し間の抜けたピンクの物質は、最高の“絵になる違和感”として消費されている。
英国発の巨大IPが仕掛ける、大人のノスタルジア戦略
このブームは突発的な事故ではない。版権を管理する英国のメディアコングロマリットによる、周到なグローバル・リポジショニングの賜物だ。
ここ数年、彼らはメインターゲットを幼児から「かつて子どもだった大人たち」へと大胆にシフトさせている。欧米のハイブランドとのコラボレーションに続き、アジア市場で仕掛けたのが、この食を通じた体験型アプローチだった。日本市場特有の「限定性への弱さ」と「キャラクターカルチャーへの親和性」を巧みに突き、幼少期の無防備な記憶を、大人向けのプレミアムな消費へと見事に変換してみせた。
キャラクターグッズを堂々と身につけることには気恥ずかしさがある層も、「話題のスイーツを試す」という文脈であれば財布の紐を緩める。巧みな心理戦の勝利だ。
過剰な情報社会が求める「無邪気なスプーン一杯」の救い
なぜ私たちは今、これほどまでにピンクのペーストに惹かれるのか。取材の終わり際、カフェのテラス席でボウルを抱えていた20代のカップルに話を聞いた。
「仕事でもネットでも、毎日正解を求められて頭がパンクしそうになる。でもこれを見ていると、全部どうでもよくなるんです。ただピンクで、甘くて、バカバカしい。それが一番の癒やし」
正しさと効率が過剰に求められる2026年の日常において、タビーランドの住人たちが享受していた「理由のない快楽」は、現代人がもっとも失ってしまった贅沢なのかもしれない。スプーンを口に運ぶ瞬間だけは、誰もがただの腹を空かせた子どもに戻ることができる。タビー カスタードが売っているのは、ピンク色のクリームではなく、私たちがどこかに置き忘れてきた無防備な時間そのものだ。 (出典: タビー カスタード(Yahoo!ニュース))