LRT開業から3年、なぜ今「音楽の現場」に人が群がるのか? イトーヨーカドー宇都宮のHMVが仕掛ける“令和のリアル回帰”最前線
hmv イトーヨーカドー 宇都宮のフロアに足を踏み入れると、平日の夕暮れ時とは思えない濃密な熱気が肌を刺す。ヘッドフォンを耳に当てて熱心に試聴機のボタンを押す高校生、アナログ盤のジャケットを愛おしそうにめくる中高年、そして限定グッズの入荷を待ち構える若者たちの列。音楽がスマートフォンの中で無機質なデータとして消費される2026年の現在、北関東の大型商業施設で展開されているこの光景は、デジタル偏重の未来予測に痛快なカウンターを浴びせている。
かつて吹き荒れた「CD不況」の嵐は、全国の街角からCDショップの看板を次々と奪い去った。だが、独自性の高い企画や地域密着型の店舗運営で独自の居場所を切り拓いたhmv イトーヨーカドー 宇都宮は、単にパッケージを並べて売るだけの旧来型ショップとは完全に一線を画している。黄色い路面電車が街を走り抜ける風景がすっかり日常に溶け込んだ宇都宮で、なぜこの売り場がカルチャーの結節点として機能し続けているのか。その現場を歩いた。
LRTが変えた週末の風景:駅東から商業施設への人のうねり
宇都宮ライトレール(LRT)の開業から3年。かつて「マイカー必須」とされた宇都宮東部の移動環境は様変わりした。
JR宇都宮駅東口からベルモール(イトーヨーカドー宇都宮店を核とする大型複合施設)前まで、わずか十数分。このアクセスの劇的な改善が、思わぬ層を店舗へ呼び戻している。運転免許を持たない10代の学生や、週末にのんびりと街を巡るシニア層だ。
以前なら休日に郊外のショッピングモールへ行くには親の送迎かバスを待つ必要があった。いまや学校帰りにLRTへ飛び乗れば、すぐそこに最新のカルチャーが待っている。移動のハードルが下がったことで、週末の客足には明らかに新しいリズムが生まれている。
「データで聴き、モノで愛でる」Z世代が牽引するパッケージ復権
現場を眺めていて目立つのは、驚くほど若い客層の多さだ。彼らはサブスクリプションで新譜をチェックし尽くしている。では、なぜわざわざ実店舗で財布を開くのか。
「ストリーミングは空気みたいなもの。本当に好きなアーティストの作品は、重みのある形として部屋に置いておきたい」
店内で限定盤のCDを手にとっていた市内在住の専門学校生(19)はそう語った。アートワークの質感、封入された歌詞カード、特典のフォトカード。モノとしての手触りを求める欲望は、デジタルネイティブ世代の中でむしろ研ぎ澄まされている。
ジャケットを部屋のインテリアとして飾る。針を落とす儀式そのものを楽しむ。音楽を「所有する快感」を知った若者たちにとって、実店舗は宝探しができる唯一無二の場所になっているのだ。
大手スーパー再編の嵐の中で際立つ「カルチャー売り場」の存在感
流通業界を見渡せば、2020年代半ばから続く大手総合スーパー(GMS)の構造改革は今なお各社に重い課題を突きつけている。食品や日用品の多くがオンラインで完結する中、大型商業施設には「わざわざ出向く理由」がよりシビアに求められるようになった。
その中にあって、衣食住の必需品フロアと隣接するHMVのようなカルチャー拠点の存在意義は大きい。買い出しのついでにふらりと立ち寄り、未知のカルチャーに衝突する。この「予期せぬ出会い」の提供こそが、モール全体の滞在時間を伸ばす鍵を握っている。
日常の買い物空間の中に、非日常のワクワクを差し込む。生活必需品とエンタメが同じ屋根の下で共鳴し合うフォーマットは、地域密着型店舗が生き残るための強力な防壁となっている。
アナログ盤の温もりとK-POPの熱狂が同居する棚づくりの妙
売り場を回ると、そのキュレーションの巧みさに気づく。決して大都市圏の大型旗艦店のミニチュア版ではない。北関東の地域性とファンの好みを愚直なまでに吸い上げた棚がそこにある。
一角には、往年のシティポップや洋楽ロックを中心としたレコードコーナーが堂々と鎮座する。そのすぐ隣では、最新のK-POPやボーイズグループの特設パネルが眩しい光を放ち、地元発のインディーズバンドを推す手書きPOPが所狭しと並ぶ。
この雑多で、それでいて計算された混沌。アルゴリズムが弾き出す「あなたへのおすすめ」では絶対に体験できない、視線が泳ぐ楽しさ。棚の間を歩くこと自体が、ひとつのアトラクションとして成立している。
至近距離の衝撃:インストアイベントが宇都宮の週末を塗り替える
実店舗の最大の武器は、何と言っても「同じ空間に人間がいる」ことだ。
特設スペースで定期的に開催されるミニライブやサイン会、トークショー。アーティストとファンが数メートルの距離で視線を交わす瞬間、フロアは独特の緊張と歓喜に包まれる。東京まで新幹線に乗って遠征せずとも、地元で生の熱気に触れられる価値は計り知れない。
画面越しでは伝わらない生の声の振動、会場限定の空気感。そうした体験を持ち帰ったファンは、次もまたこの場所に戻ってくる。イベントが単発の集客で終わらず、コミュニティの磁場を形成する起点になっているのだ。
地方都市のリアル拠点はどこへ向かうのか:2026年の展望
すべてが手元のスマートフォンに集約されていく時代。それでも人間は、誰かと同じ空間に集まり、モノを手に取り、五感でカルチャーを浴びる行為を手放そうとはしない。
宇都宮の地で回り続けるCDのターンテーブルや、ファンが寄せ書きを残すノート。それらは効率化を追い求めた社会が置き去りにしかけた「熱量の居場所」そのものだ。
街のインフラが進化し、人々のライフスタイルがどれほど変わろうとも、本物のカルチャーに触れたいという衝動が消えることはない。北関東の生活拠点から発信される熱狂は、リアル店舗の持つ可能性がまだまだ尽きていないことを力強く証明している。 (出典: hmv イトーヨーカドー 宇都宮(Yahoo!ニュース))