サクサク食感の裏に潜む「謎の白い油脂」――バター高騰の2026年、私たちが口にする真実
ショートニング と は、市販のクッキーをかじった瞬間に口いっぱいに広がるあの軽快な「サクサク感」を生み出すために、およそ1世紀以上にわたって重宝されてきた純度ほぼ100%の食用油脂だ。常温で白く固まるペースト状。匂いはない。味もない。バターのように芳醇なミルクの香りが鼻腔をくすぐることもなければ、オリーブオイルのようなみずみずしい果実香もない。だが、食品メーカーや製パン業者にとって、この「何者でもない無色透明さ」こそが長年、代えがたい武器であり続けた。
街の個人ベーカリーに足を運んでも、あるいは深夜のコンビニで袋菓子を手に取っても、裏面の原材料表示を覗けば必ずと言っていいほどその文字に出くわす。乳製品の価格高騰が長引く中、毎日のように口に入れているショートニング と は一体何なのか、そして私たちの身体や食文化に何をもたらしているのかを正確に把握している消費者は、実のところ驚くほど少ない。
100年の歴史が生んだ「純白の工業油脂」のカラクリ
ショートニングの原点は、20世紀初頭のアメリカにさかのぼる。もともとは高価だったラード(豚脂)の代替品として、安価な綿実油に水素を添加して人工的に固形化させたのが始まりだった。石鹸メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が1911年に発売した「クリスコ」がその代表格だ。
バターは水分を約16%含み、牛乳由来のタンパク質や微量成分が混ざり合っている。対照的に、ショートニングは精製された植物油などを原料にし、水分をほぼ完全に排除して作られる。傷みにくい。室温でも溶け崩れない。保存性が極めて高く、大量生産のラインに乗せても品質がブレない。20世紀の大量消費社会が求めた条件を、この純白の塊は完璧に満たしていた。
なぜサクサクになるのか? 焼き菓子が愛してやまない「ショート」の力学
「ショートニング」という奇妙な名前の由来をご存じだろうか。英語の「short」には「短い」のほかに、脆い、サクサクしている、という意味がある。小麦粉に水を加えてこねると、タンパク質同士が結びついて弾力のあるグルテンの網目構造ができる。パンのモチモチ感を生む源だ。
だが、パイやクッキーでその粘り気が出てしまっては困る。そこで油の出番となる。ショートニングの油膜が小麦粉の粒子をコーティングし、グルテンの形成を物理的に断ち切る。「グルテンの結合を短くする(shorten)」からショートニング。無駄な水分が含まれていないため、加熱しても蒸気が余分な隙間を作らず、生地はホロホロと崩れる理想的な食感に仕上がる。職人がどれほど腕を磨いても、油脂の物理特性がもたらすこのクリスピーな軽快感をバター単体で再現するのは至難の業だ。
「危険」と叫ばれたトランス脂肪酸問題、日本の現在はどこまで進んだか
長年愛されてきたこの万能油脂が、一転して「健康の敵」として槍玉に挙げられたのは2000年代のことだ。液体の植物油を無理やり固形化する「部分水素添加」の過程で、悪玉コレステロールを増やし心疾患リスクを高めるトランス脂肪酸が副産物として大量に生成されていたことが暴かれた。
アメリカ食品医薬品局(FDA)が部分水素添加油脂の食品使用を事実上禁止し、世界中で規制の波が広がった。あれから年月が経ち、現在の国内事情はどうなっているのか。実は、日本の製油各社は独自の技術革新を猛スピードで進めた。油脂同士を組み替えるエステル交換技術や、パーム油の融点調整技術を駆使し、部分水素添加を行わない製法を確立したのだ。
国内大手メーカーが供給する現在の業務用ショートニングは、トランス脂肪酸の含有量が100グラムあたり1グラム未満、製品によっては0.5グラム未満にまで激減している。かつて「食べるプラスチック」などとセンセーショナルに叩かれた粗悪な油は、日本のサプライチェーンからはほぼ一掃されたと言っていい。
バター代替か、それとも悪魔の油か――ベーカリー現場が下す判断
都内のベーカリーを訪ねると、厨房の奥には今も四角い段ボール箱に収まったショートニングの一斗缶が並んでいる。コスト削減のためだけに毒を使っているのかといえば、現場の答えは明確に「ノー」だ。
「パイ生地の浮き上がりや、デニッシュの層の立ち上がりは、融点のコントロールされた専用ショートニングでなければ出せない食感があります。もちろんバターの香りは唯一無二ですが、バターだけで作ると重くなりすぎる焼き菓子もある」と、あるベテランのシェフブーランジェは明かす。
バターの価格は高騰し続け、酪農家の減少や気候変動もあって供給は綱渡りが続く。現実問題として、手頃な価格で日常のパンや菓子を届けるために、品質管理された低トランス脂肪酸ショートニングは、現代の食卓のインフラを支える不可欠なピースとなっている。
パーム油へのシフトがもたらした「新たな環境と健康」のジレンマ
トランス脂肪酸の低減に成功したからといって、すべてが丸く収まったわけではない。部分水素添加をやめた現代のショートニングは、常温で固まる性質を持つ熱帯油脂「パーム油」への依存度を劇的に高めた。
ここで新たな問題が浮上する。パーム油は飽和脂肪酸を豊富に含む。トランス脂肪酸を避けた結果、今度は飽和脂肪酸の過剰摂取につながるのではないかという懸念だ。飽和脂肪酸もまた、摂りすぎれば血中脂質バランスを乱す要因となる。さらに、東南アジアを中心とするアブラヤシ農園の開発に伴う熱帯雨林の伐採や泥炭地の破壊といった環境負荷も、持続可能性の観点から厳しい視線を浴びている。
「ひとつのリスクを取り除いたら、別の課題が姿を現した」。食品産業が直面しているのは、常にこうした複雑なトレードオフだ。安易な善悪二元論では片付けられない現実がそこにある。
賢い消費者のための原材料ラベル読解術と付き合い方
スーパーの棚に並ぶ食品を選ぶ際、私たちはこの白い油とどう向き合えばいいのか。極端な排除主義に陥る必要はないが、無自覚に食べ続けるのも賢明とは言えない。
パッケージの裏を見て「ショートニング」「植物油脂」「加工油脂」の文字が原材料の先頭近くに並んでいるスナック菓子や菓子パンは、エネルギー密度が極めて高く、栄養素のバランスが脂質に偏っているサインだ。それは日常の主食というより、あくまで嗜好品として適量を楽しむべきものだろう。
食の安全性とは、単一の原材料に「毒」のレッテルを貼って安心することではない。技術がどこまで進化し、何が解決され、どのような課題が残されているのか。裏面の小さな文字の奥にある背景を理解した上で、自分自身が納得のいく一口を選ぶこと。それが、情報が氾濫する時代を生きる生活者に求められる健全なリテラシーだ。 (出典: ショートニング と は(Yahoo!ニュース))